6章 テンカラ釣りにまつわる様々なこと


6章 テンカラ釣りにまつわる様々なこと もくじ



1.魚に釣られるということ

渓流釣りにおいて最も注意しなければいけないのが安全面への配慮である。魚は釣り人を誘惑する。もっと遠くに、もっと奥にと。釣り欲にかられ自らの技量と知識を越えた険しい渓を遡行するのは危険だ。人を容易に寄せ付けない奥の渓には無垢な魚がいて釣りパラダイスがあるのは事実だが、深山幽谷に棲む魚はその魅力の多さ故いとも簡単に釣り人を釣り上げてしまう恐ろしさを秘めている。

2.野生動物の危険性

熊の生息域に入って釣りをするということを忘れてはいけない。やはり人の手の及ばない源流域に行くほどに遭遇の危険が増す。単独釣行では特に気をつけたい。そのほかにも猪や蛇やスズメ蜂などに気をつける。時には猿だって人間に向かってくる。東京秋川の猿などは人馴れしており闘争心むきだしで向かってくるので油断できない。

3.自然災害から身を守る

天気予報を必ずチェックしてから入渓する。さらに気をつけたいのが春先の雪解け水や夏の夕立による鉄砲水だ。雨が降れば川の水が増水するというのは容易に想像できるのだが、春先はよく晴れた暖かい日にも危険が潜む。午前中は気持ち良く釣り上がるのだが、午後になり雪解け水によって急に増水し濁りが出て立ち往生する危険がある。

濁りはとても危険だ。川を渡る時は必ず目視によって水深と流速を想像し安全を確認する。これは川の水が澄んでいないと非常に困難である。つまり濁りで川底が全く見えない状況では足首ほどの水深でさえ恐怖だということ。躊躇しているうちに更に水嵩が増す。

筆者が一人で渓流釣りに行く決心をした小学5年の夏休みのこと、父から夕立と濁り、落ち葉の流れには注意し、怖いと思ったら引き返しなさいと散々言われた。目的地は濁流なんて想像もつかないところで、埼玉県東秩父村の槻川という小さな里川であった。この頃の教えが今も根強く残っており幸いにも自然災害に遭わずにいる。

4.テンカラ釣りだけではない渓流釣りのマナー

渓流釣りには暗黙のルールがある。地方の違いや同じ川であっても上流域と下流域で微妙に違いがあるかもしれない。あらかじめネットや釣具屋で聞いて情報収集したり漁協に問い合わせるのも良い。

例えば代表的なことに先行者優先というルールがある。渓流釣りは基本的に川下から川上に向かって釣り上がっていくのが暗黙のルールであり皆そのように釣り上がっている。

ところが時に先行者に追いついてしまうことがある。このときに川下から来た釣り人は先行者を追い越さないというのが基本のルールである。どうするかは双方で話し合って決める他ない。なぜなら渓流釣りは誰しもが我先にポイントを攻めたいのである。

この時に心のどこかに余裕をもちたい。

先行者は「今日は運良く先行してたくさんの良い思いをした。だからここから先は後から来た彼に先を譲ろう。」

あとから来た者は「残念ながら先行者がいたようだ。仕方ない。今日は先行者のあとからでも釣るテクニックを練習しよう。」

もしかしたら「一緒に釣り上がりましょうか。」というのも素晴らしいことかもしれない。

5.テンカラ釣りスクールの必要性について

テンカラ釣り教室の存在は、いわば茶道や華道、和服の着付け教室や和食の料理教室が存在するのと同じことであり自然なことである。

日本の国土の約7割は山地である。テンカラ釣りに触れるということは日本を学ぶということにも通じると信じている。

様々な文化を大切にするという意味においては「テンカラ釣り教室」なるものが存在しても良いのではないかと思う。そこは単に釣りの技術だけではなくテンカラ釣りという日本文化を伝える場でなければいけない。

渓流釣りのベテランなど知人の内に一人も居ない。誰にも教えてもらえない。今の渓流釣り人口の少なさを思えば当然である。それでもテンカラ釣りに興味があり、はじめてみたいという人のためにスクールが存在するのだと思う。

 

それから子供達にもテンカラ釣りに触れて欲しい。夏休みの自由研究にこれほど適しているものはない。子供は好奇心旺盛で吸収が早いので1ヶ月もあれば誘いの奥義まで会得した名人級になる。技術の話はさておき、教育では小さいうちに様々な良い刺激をあたえることが大切といわれている。そういった意味では大自然を舞台に魚を釣る感動と、食べる感動と、それにまつわる日本文化がまとめて体験できてしまうのだからテンカラ釣りは本当に素晴らしい。